遺伝子は知的能力(知能)の個人差にほとんど関係しない

どういう論文か

Study of 300,486 individuals identifies 148 independent genetic loci influencing general cognitive function
www.nature.com

Genome-wide association meta-analysis in 269,867 individuals identifies new genetic and functional links to intelligence
www.nature.com

ブログタイトルのままですが、それぞれ30万人と27万人という大規模なサンプル数を用いたメタアナリシスから知的能力と遺伝子の関連を探ることを目的としており、Nature GeneticsとNature Communicationsに立て続けに出ました。結果としては、知的能力を遺伝子情報からそれぞれ最大5.2%と4.3%ずつ予測できたとのこと。逆にいうと95%は遺伝子以外の要因で説明されるということで、かなり少ない影響という印象です。今後遺伝子と個人差の関係を話す際に重要な論文だと思います。個人的にも、知的能力と脳活動に関する研究を現在投稿中のため重要な論文でした。

どんな指標を使っているか

メタアナリシス、つまり複数の研究を集めた研究なので、予測に使った指標もデータセット間でまちまちです。そういうわけで完全に指標を揃えることが不可能なのですが、2つの論文のどちらもいわゆるg-factor、あるいはIQを予測先に使おうとしています。そのためにWAISなどの標準的なIQテスト結果が存在すればそれを用い、なければ複数の認知行動指標に主成分分析をかけた結果をg-factorとして用いています。g-factorやIQは知的能力の研究でよく使われる指標で、個人の学歴や収入だけでなく、寿命や疾病率にも関連するということが知られています。

著者側のスタンスに偏りはないのか

遺伝子に関する論文は、様々な差別に直接的に繋がります。性別の違いなどはその代表例です。そのため、著者がどんな立場から論文を書いているかを推し量ることも時には重要です。この論文にも、報告の仕方から彼らの考えがなんとなく読み取れます。

  • Nature Communicationsの論文では、3つの外部データセットに対して遺伝子からの知的能力の予測力がそれぞれ2.6%、3.7%、4.3%だったところを、要約では最大4.3%予測できたと記述しています。本文には4.3%の記述しかなく、補助資料に残りの結果は載っています。補助資料にしか載っていないということは、著者らが低い結果を積極的には見せたくなかった可能性があります。
  • Nature Geneticsの論文では、4つの独立データセットに対してそれぞれ4.1%、2%、5.2%の予測力だったところを、本文では最大5.2%予測できたと記述しています。上の論文と同様に、5.2%以外の情報は補助資料に載っています。

これらを踏まえると、遺伝子からの知的能力の予測力はだいたい3〜4%ぐらいで、著者らには予測力を多めに報告したいバイアスがあったのではないかと推測します。

実際のところ個人は何をコントロール出来るのか

精神疾患にも遺伝子の関与は疑われており、実際数多くの関係遺伝子が見つかっています。一方でその予測力は低く、決定的なバイオマーカーは未だないのが現状です。

ここで、「遺伝子の影響が小さいということはつまり、個人の努力次第ってことでは…今の生活が厳しいのはその人が頑張ってなかった責任なのでは…」という考えに繋がりうる結果だと思います。以下個人的な偏見ですが、自分はあまりそうした意見に賛同できません。遺伝子の影響が小さいとしても、その人の人生はかなりの程度、その人がおかれた環境で決まると思っています。具体的には、親や友達に始まり周囲の設備や環境など、遺伝子以外のコントロールできない無数の要因です。もっと言うと、社会で必要な能力に関する個人差はそもそも非常に小さいにも関わらず、これまでの環境の履歴や家庭環境などの要素によって、その差は実態以上に増幅されます。実際には大して差がないのに、運で決まることで見かけ上の差が増幅されるなんて、それによって厳しい生活を強いられる人からしたらたまったものではありません。ただこれは構造的な問題で解決が難しい。そんな風に考えると、運が悪かった時の人生の水準を上げるために科学技術は利用されるべきだなと思います。

この辺の信念は、その人自身の経歴や親族構成の影響が反映されやすいと思います。そういう意味でもこうした大規模研究の結果を知っていることは重要だと思いました。