ピケティとバラモン左翼・商人右翼・Multiple-elite

政治は一部の物好きな学業エリートと既得権益者が利権拡大と保護に使うもの、というマジョリティの疎外感が投票率低下を招いているのは間違いありません。

…といきなりわけ知り顔な出だしで始めましたが、自分は政治も経済も全くわかりませんし、日本の修士・博士時代にもそういう話は周囲とほとんどしませんでした。一方で、こちらで雑談をしているとしばしばそっち方面の話題になります。議論が好きなのか政治・経済が好きなのか、あるいはその両方なのかわかりませんが、日本での飲み会トークとは大分違うなと思いながらいつも聞いています。自分も参加したい気持ちはあるのですが、知識も語学力も着いていかずもっぱら聞き専。というわけで、そういう話題も少しは喋れるようにならんと、という気持ちになっています。

フランスの経済学者ピケティ

そんな自分でも知っているのが、「21世紀の資本」が日本でもベストセラーになったトマ・ピケティというフランスの経済学者です。この方は格差問題を専門としていますが、22歳にしてLSEで博士を取得、MITに招聘された数学的な経済学の大秀才(この辺の詳細はhttps://cruel.org/books/capital21c/APPikettylecture.pdf)。実際若い頃の論文をみてみると数学を駆使したモデリングの論文が見あたります。一方で、そうしたモデリングが現実を全くとらえておらず数式を駆使したお遊びにしか見えない、ということでパリに戻り、膨大なデータを駆使した歴史的研究に着手しています。この流れ、神経科学でも脳の数理モデルとかデータへの機械学習の適用とかをやっていると、"現実を全くとらえていないお遊び"になることが頻繁にあるので、非常に共感するところがあります。

Multiple-elite

で、ここから本題の論文の話です。今年の頭に公開された論文(http://piketty.pse.ens.fr/files/Piketty2018.pdf)ですが、この論文での問いは、「政治が不平等解消のための再分配政策から関心を失ってきたのは何故か」です。この論文でピケティは米・仏・英の選挙後の投票先の自己申告データを用いて、収入・資本・学歴・年齢などの各要素が年代を通じてどのように投票行動に関連してきたか、その変化を分析しています。重要なデータはfigure1.1から1.2にまとまっており、収入・資本・学歴に関連して、ここ50年の投票行動がかなりはっきりと変化してきた様子を発見したのがこの論文の一番の新規性です。要約すると、昔は労働者の代表として機能していた左派政党が、高学歴エリートの代表として機能しており、一方で右派政党は高資本エリートの代表として機能している。つまり、Class-based(社会的な低階層v.s.高階層)ではなくMultiple-elite(高学歴エリートv.s.高資本エリート)の対決になっていることをデータから示しています。学歴と資本は当然に相関するのでこういう分析は難しそうに直感的に思いますが、多くのデータがあればある程度切り分けができそうです。この状況が、格差是正のための再分配に対する政治意欲の低下へとつながっているとピケティは指摘しています。

こうして政治の話からピケティの関心事である格差政策の話につながってくるわけですが、このMultiple-elite状態が様々な現状を説明できるとしているのも興味深い点です。例えば、再分配政策が論点とならないため、ポピュリズムによって低所得層を右派が獲得しやすくなっている状況や、低所得層における投票率の低下などが説明できるとのこと。

個人的には、機械学習の政治応用に興味があるので、個人情報と政治趣向の関係や、どんな政策・候補者に個人が動かされるのかとか、そういうのは面白そうだなと思ってます。

21世紀の資本

以下余談ですが、「21世紀の資本」の主張とどう絡んでくるのがを整理するためにど素人なりにめちゃくちゃざっくりまとめます。

  • 労働から得られる所得の増分(g)よりも、資本(株や不動産)から得られる利益の増分(r)の方が所得の伸び率よりも大きい(r>g)。
  • 20世紀は戦争や政府の介入によってr=gに近づいていただけで、21世紀は再びr>gになる。(ここを指摘したのがピケティのこの本の新規性)
  • お金持ちが今のお金を素早く増やしてもそれを全部使うならいいけど、実際の消費・投資バランスをみるとそうなってはいない。
  • 相続によってその格差は更に引き継がれる。少子化によってスタート地点の一極集中はますます加速する。
  • したがって、個人が持つ(広い意味での)資本への累進課税を強化すべき。その際、税率が低い国に逃げることができないように各国協調すべき。

以上、データの扱い方や指標の定義には批判もあるそうなので、事実というよりはピケティの主張として捉えるべきものだと思っています。また、主にEUを念頭においておりアメリカや日本などその他の国に当てはめていいかどうかも注意が必要とのこと。