ホモ・デウス | ユヴァル・ノア・ハラリ

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来

前作の「サピエンス全史」も長かったですがこちらも長い。ただどちらもよく売れているようです。

「サピエンス全史」との違い

「サピエンス全史」は"これまで"を書いて、「ホモ・デウス」は"これから"を書いているという触れ込みをどこかで見ましたが、自分の印象は少し違いました。

「サピエンス全史」は、長い歴史ストーリーを語りつつ、貨幣や宗教、国家などの"大きな概念"の役割やその本質をあばいていく、みたいな印象を自分は持ちました。ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」とベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」を足して2で割って、更に貨幣などに対する考察も加えたような。

一方で、「ホモ・デウス」は"自己"という概念の役割やその本質をあばいていく、という位置付けになっている印象です。そこを脳科学ナノテクノロジー人工知能などの最近の流行りの風味でをトッピングした感じです。

つまり、「サピエンス全史」では貨幣や宗教、国などの大きな概念を、「ホモ・デウス」では"自己"というより近い概念を扱っています。どちらもそれらの概念を切れ味鋭く解体しているという点では変わりません。今作ではより最新の技術動向についても触れていることから、そういう意味で前作よりも「未来」感(というよりSF感)の溢れる本とは言えるかも。

ヒューマニズム」の危機

個人的に一番面白かったのはヒューマニズムについて述べられている下巻の節です。テクノロジーが進歩した先に、現在多くの先進国がその倫理的な基礎としている"ヒューマニズム"が危機に陥るのではないか、という点です。宗教や国家に代わって現在最も受け入れられている思想であるヒューマニズムは、我々に対し「どんな経験も人間も平等であり、様々な経験をして心動かされる経験を多く積むことが価値ある人生である。」と説きます。著者によると、それも結局、結局労働力としての人間に重要性があるからでしかなく、テクノロジーによって、労働における人間の能力や重要性に圧倒的な差が生まれた先にはもはやその状況は続かないのではないか、という予測をしています。ヒューマニズム的には、テクノロジーと平均的な人間の労働生産性が逆転し、かつ人間同士内での格差が大きく開いた状況においては、いまの社会福祉をより拡張したベーシックインカムの導入によって「人類皆平等」を達成するというのが模範解答だと思います。しかし、その基盤となっている倫理観自体が変容した場合に上記の考え方が持続するのかどうか、という警鐘だと自分は受け取りました。

めちゃくちゃ長いにも関わらず読み物として面白いため、思ったよりもスラスラ読めました。一方で、人工知能や脳、医療技術に関しては結構研究的に怪しい技術を取り上げていて気になりました。歴史学が専門だと思うので仕方がないと思いますが、「サピエンス全史」の方が面白かったかも。