平野啓一郎と朝井リョウとラジオ

最近読んだ本をネタバレしない程度に紹介。

ある男

ある男

前作の「マチネの終わりに」が良すぎたので今回はどうかと思いながら読み始めましたが、よかったです。基本的にはこれまで平野啓一郎がずっと主題にしてきた「分人」の延長で、"自分"の微妙さとその過去・未来を通じた拡張・変化可能性がテーマですが、ストーリー展開や文章が上手で読ませます。これまでの作品よりも社会派というか、現実に生じている問題への筆者の意見が表面に出てきている印象を持ちました。中村文則の最新刊(「R帝国」)を読んだ時も、これまでのような一般的な哲学よりもっと直接的に社会的な主張を出してきたなという感想を持ちましたが、年齢や立場的にも似ていることから、そういう時期なのかも。

何様

何様

相変わらず、若者の自意識とその不安定さから生まれる微妙な人間関係を書かせたらとても上手だと思いました。珍しく中年が主人公の章がいくつかあって、これは作者的には挑戦なんだと思いましたが少し人物像や考えがありきたり過ぎる印象。いずれにせよ、前作の「何者」の内容を忘れていても普通に単独で読める内容だったのでよかったです。

読了後に朝井リョウの近況を調べてみたら最近結婚をされて、ラジオ番組も持ってるようだったので、試しに最近の回(11月11日)の回を聞いてみました。小説やエッセイから予想できるキャラクターのまんまで安心しました。表面的なものが嫌な性格で、何かをつくろったり道化を演じる"偽物"警察をどうしてもやってしまう一方、その不毛さに嫌気がさしてきている、しかしそこが自分の職業上の強みでもあるため中々変えられない、と悩んでいる様子が彼の小説の登場人物のまんまだなと。昔、「哲学者はいかにメタに考えられるかで競うところがある」みたいなことを東浩紀が言っていましたが、純文学小説家は「いかに繊細に考えられるか」、「いかに人の行動の裏にある機微を想像できるか」が勝負みたいなところもあると思うので、ぴったりの職業な気がします。

ラジオの中で出てきたエピソードで面白かったのが、近所のスポーツサークルに参加している話。作者の性格は上記のような感じなのですが、近所の若者が集うスポーツサークルに参加している間はそんな繊細さ、ネガティブさは百害あって一利なし。最年長ということもありチームを明るく盛り上げる役割が求められ、自分にとっていい訓練になると言っていて面白かったです。ほかにも、周囲も家庭ができたり年齢を重ねてきてそんな偽物警察活動を続けている人は減ってきており、自分自身もそうなるのかもしれないと言っていたのが興味深かったです。

偽物警察に関して、最近読んだ「ホモ・デウス」や、上に書いた平野啓一郎の分人や、あるいは最近の認知神経科学の意識周りの知見でも何でもいいですが、最近は思想的にも科学的にも偽物-本物という切り分けはそもそも難しいということで見解が固まってきている気がします。ネットやVRバイスの進化によってその流れは更に加速するはず。それを前提とした時に人とどう付き合っていくかとか(例えばある人に「自分と友達/夫/妻/上司である時」と「自分の友達/夫/妻/上司ではない時」の両方の状態があることを自分は許容できるか?)、どう物事の責任を問うていくか(少なくとも実世界では身体は一つしかないのだから量刑の分散は困難)、とかが今の中心課題なのかなと思います。

なんだか途中から本と全然関係ない話になってしまった…。