終末期医療とScienceと落合・古市対談

bunshun.jp

上の記事を発端に終末期医療にかかるコストが話題になっていましたが、これを読んで自分は、ちょうど昨年の中旬に以下のような論文がScienceに出版されていたのを思い出しました。

science.sciencemag.org

この論文では冒頭で、まさに落合氏や古市氏が記事で言っているようなこととほぼ同じ内容の記事をNew YorkerとNew York Timesから引用しています。そして、それらの記事に反論しています。

Science論文の主張

具体的には、死亡直前の医療費が高額で問題であるとの言説の根拠がそもそも怪しいということをまず言っています。詳しい説明は省略しますが、要するに死亡した患者のデータだけを見ても文字通りの"生存バイアス"があってコストが高く見積もられてしまうことが問題であるというのを根拠としています。

次に、そもそも「死亡直前である」ということを適切に予測することが、GBMなどの機械学習技術を用いても難しいことを示しています。ここから、そもそも現在の技術では死亡直前かどうかを予測するのが難しいため、上の議論における前提に疑問を投げています。なお、今回用いたデータ以外の情報、たとえばカルテなどを用いても、死亡時期の具体的な予測はそもそも難しいことがもともと知られていました。データもアルゴリズムもずっと進化すれば完璧に予測できるようになる可能性もありますが、それはまたその時の話で現在の意思決定とは関係ありません。個人的には、そもそも医療側や患者側の健康意識も変化していく中で、過去のデータを用いて予測を行う難しさはあるだろうなという気がします。

更に、死亡直前の人はだいたい何かしらの病気にかかっていて、それには当然多額の費用がかかりますが、病気の時に医療費がかかるのは死亡直前ではない人も同じです。そして、死亡直前の医療費の半分程度はそういった通常の医療費によって説明できることを示しています。

議論すること自体は大事

僕個人としてはこの論文をもってこの議論を終わらせるべきとは全く思わず、むしろその逆です。例えば「幼児と成人で身長が違うこと」を発見した論文を出しても、当たり前の事実を肯定するだけなので、どんな雑誌にも出版されません。その逆にScienceに出版されるということは、これまでの考えとは異なる刺激的な内容であることを意味します。つまり、一般的にはなんとなく「死亡直前の医療費が無駄である」といった感覚があるものの、実態はこうである、という主張をしたことが今回の論文の意義です。僕は、アカデミアでこのような議論が沸いているトピックについて、研究者が意見を交換し、広く一般の関心を集めることは今後の研究を進めるためにも重要なことだと思います。なので、問題になっている対談が公開されたこと自体には自分は意義があると思います。

たとえ一般向けの対話であったとしても、最先端の研究でどんな議論が生じているかということを噛み砕いて引用しながら主張することができていたら、もう少し炎上は避けられていたのではないかなと思いました。